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北へ。あの日の風景を探して [大地震、それからの日々]

来るたびに、違う風景。

なんでか水平線傾いちゃった.jpg

あわただしい一日が開けて、9月9日。
唐桑YHで朝を迎えます。

おぢさんうなされるくらいですむかしら・・・.jpg


食堂に今も貼ってある、震災直後の情報一覧。当時の緊迫した状況が伝わります。

思わず全部見ました.jpg


この日、お茶っこ芸人プロジェクト一行は、気仙沼市街地からも唐桑半島からも離れた、鶴ヶ浦というところにある仮設住宅を訪問します。
ですが、当日の日程が事前に二転三転したことなどから、唐桑をゆっくり回りたいワタシは、みんなと別行動することにしていました。
3月に宿泊したとき、「YHに原付があるから乗っていいよ」と言われていたので、これで半島を回りたいと思っていたし、それでいいかな、と。

他のみんなを見送り、原付に乗ってまずは半島の先っぽを目指します。

車ないと生きていけないなー.jpg


この、一見なんでもない空、海、緑、そして人の住む景色が、なぜか心に残っていて。
2005年にVTRで走ったときの、あの光の色を思い出す。


半島の先っぽ、御崎の近くに小さな港があって、そこで写真を撮ったのを覚えていました。(→この記事の1枚目)
地元の方に「観光港じゃねか?」と言われていたけど、その通りでした。

この先大島かな?.jpg


今は補修中らしく、入ることはできませんでした。


原付でもここまであっという間。あの時ちゃんと回ることができなかった、御崎周辺を散策してみます。

気仙沼はナンバープレートにサメ!.jpg


御崎神社。

お賽銭少なくてごめんなさい.jpg


ビジターセンターにも寄ってみます。

いけちゃんがここのお姉さんがかわいいっていうから探したよ.jpg


震災以前から、津波を体験できる「津波体験館」が併設されています。
唐桑周辺のの自然の豊かさと、人々の暮らしがわかる展示。
三陸地方が、昔から何度も津波の被害に遭ってきたこともわかります。
去年の大津波が、これまでのものをはるかに超える規模であったことも。


遊歩道に入ると、先っぽには付き物の、小さな灯台もありました。

なんのへんてつもありませんが.jpg


黒色粘板岩の岩場。何人か釣りをしています。

トドヶ崎どうなったかな.jpg


ずっと見逃していた、唐桑の先っぽに行けてよかったなあ。と思う先っぽ好き(笑)
唐桑半島は、宮城県の東の先っぽでもあります。この海は、そのまんま太平洋。

引き返し、今度は震災後お世話になったところを回ってみます。
被災家屋の家財出しなどで、何度も来た鮪立(しびたち)。

海沿いが一見田んぼのよう.jpg


海沿いの道はかさ上げされ、船も増えました。
草が生え、一見空き地か畑のように見える土地は、かつて家々が立ち並んでいたところ。


近くまで行けば、そこに人が暮らしていた形跡がはっきりわかります。
とはいえ、津波の被害を受けた建物はほとんどなくなり、基礎の撤去も進んでいるようです。

まだ冠水するのかな・・・.jpg


去年の7月に家財出しをしたおうちに、直して住みたいという人が現れた話は聞いていたのですが、本当に人が住んでいる・・・!


カキ養殖のお手伝いに行った藤浜。

ほっしゃんに会うかな?と思いつつ.jpg


ここも、海沿いの道がかさ上げされ、きれいに整備され始めています。
左端には、宮城大学(修正しました)を中心とする学生チームと地元の方とで建設した、あの番屋(記事は→こちら)が見えます。
各地から訪れる人たちとの交流拠点としても、さまざまに活用されているそうです。


浦。ここにもカキ養殖のお手伝いに来ました。

O山さん元気かなー.jpg


ここでも海沿いがかさ上げされ、新しい作業小屋ができていました。
同じような小屋をいくつも見かけたけど、何かの支援が入ったのかな?
あの漁師さんに会えなかったのが、ちょっと残念。

(カキ養殖のお手伝いの話は→こちら


去年ボランティアとして訪れたときには、まだまだ津波の爪痕も生々しかった、海沿いの風景。
失われた生活は戻らないし、ここにいた方々の現状を思うと、きれいに片付いていくことさえ悲しく思えたりもするけれど・・・
漁師さんたちの生活の場が整備されつつある景色には、少しほっとしました。


YHに原付を返し、歩いてあの場所に向かいます。
さっちゃんに引きずられて連れられてきて見つけた、りんご畑。

直売あったら買ったのに~。.jpg


収獲が始まっていたよ。
天気がいいと、向こうに海が見えます。海の見えるりんご畑なんて、それまで想像もしてなかったなあ。


ただいまあ。

折石に行くと暴れます.jpg


そのさっちゃんが待つ、海岸亭に到着。
鶴ヶ浦でのお茶っこを終えたみんなと、ここで合流です。
とても素晴らしいお茶っこになったという話。行っとけばよかったかなあ(^^;
(ヤノミさーん、レポお待ちしてます!)
ミスしゃっくりは、素顔のヤノミさんに戻ります。おつかれさまでした!しょうが焼き冷めちゃってごめんなさい・・・
結局、5人全員しょうが焼き定食って何なんだ(笑)しかも全員写真撮り損ねてるってありさま。


久々のソフト!

バックはトイレなんですが・・・.jpg


ずんだ黒蜜ソフト。東北各地で見かけるずんだソフトですが、ここのは黒蜜が入ってコクがあります。
おすすめです!ってもう現地はかなり涼しいらしいですが(笑)


みんなでananさんの車に乗り、昨日お世話になった仮設住宅の自治会長さんご夫妻に、ある場所へと案内していただきます。
気仙沼市街が見渡せる、小高い山の上。

お世話になったホテルが見えます.jpg


震災当日、命からがら避難したお話を聞きながら、見渡す気仙沼の街。
片付けが進み、何も知らなければ、もともと何もない更地だったように見えるほど。
でも、かつてはどこも港湾施設や倉庫や工場や商店などで埋め尽くされ、人が暮らし働いていた街だったのです。

陸前高田も、少しだけ見に行きました。
あの一本松は、切り倒される直前ということで、たくさんの人が訪れていました。
陸前高田でも、残った建物の取り壊しが、今年中にかなり進むということです。

建物やがれきの撤去が進み、風景からは津波の爪痕が見えにくくなっていきます。
ですが、まだまだ産業や生活の再建は遠い道のりなのだ、ということも見えにくくなっていきそうで・・・。
「今のうちに見ておいてほしい」という地元の方の声も、方々から聞かれるこの頃です。


仮設商店街でお土産を買ったり、温泉で汗を流したりしながらの帰り道。
仙台では、新幹線で帰るYONEさん、りんりんさんとお別れ。
東京までの東北道は、ananさんとヤノミさんと3人、話の尽きることがない楽しいドライブでした。
しょーもない話もたくさん。70~90年代ポップスへのツッコミ大会とか(笑)
ananさんの運転のタフさには本当に驚き。これがなければ、今回の日程はありえなかったかも。お世話になりました。


今回の唐桑行きも、大切な思い出、そしてステキな出会いがたくさんでした。
お世話になったみなさん、そして唐桑に、今回もありがとう。




全国で、そして世界でと活躍中のヤノミさん。
ミスしゃっくり初のソロ公演があります。

吉祥寺STAR PINES CAFEにて、10月25日20時より。
http://www.mandala.gr.jp/spc.html

前回の記事を、ヤノミさんから見たレポ。
あのショーや花帽子に込められた想いが伝わります。おすすめ!
http://ameblo.jp/shoshinz/entry-11359214338.html

〈9/25追記〉
お茶っこ2日目の鶴ヶ浦、ヤノミさんによるステキなレポがアップされました。こちらもぜひ!
http://ameblo.jp/shoshinz/entry-11363373748.html
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コメント 10

HIRO

こんにちは。
珍しく1番乗り(笑)

確かに1年半前とはいえ、爪痕が奇麗になるのが良い事なのか?か悪い事なのか?考えさせられますね。
日本の何処でも起こりえる事だから、備えも必要だし、東北の人たちへの息の長い支援も必要ですね。

お疲れ様でした。
by HIRO (2012-09-23 21:45) 

肥前のFe

少しづつ復興 ですね
  ワン公の視線 なんとなく憂いを感じます 被災経験のせいか?
by 肥前のFe (2012-09-24 09:33) 

リュカ

ビジターセンターには津波体験館なるものがあったのですね!
確かにこのあたりは津波の被害を過去に何度も受けていますものね。
被害に遭ったところが綺麗になっても、やっぱり心にはどこかもやもやしたものが残ってしまいます。
この場所に限らず、今度こそ、今度こそ、自然災害(人為的災害もだけど)に対して最少の被害で済むような、そんな国になってくれればいいなと思います。

唐桑、じっくり回れて良かったですネ^^
by リュカ (2012-09-24 14:02) 

luces

写真で見せていただく景色はだいぶきれいになって
復興が進んでいることを感じます。
生活が元に戻るにはまだまだ長い道のりなのでしょう。
皆さんが少しでも楽しく笑えるようにとお祈りいたします。
by luces (2012-09-25 17:15) 

しろのぽ

HIROさん

一時はイチバン争いもされてた記憶が・・・(笑)
一日も早く津波の爪痕が消え、街がよみがえることが、多くの地元の方の願いではあると思います。
でも、一度起きてしまったことの記憶は消えない・・・
地震に限らず、日本のあちこちで災害は起きていますね。
直接・間接を問わず、被災してしまった人を支えていける社会であってほしいものです。


肥前のFeさん

少しずつ、街は片付いてきてはいますが、まだまだ復興は始まったばかりです。
さっちゃんは、たぶんなーーーんにも考えていません(笑)


リュカさん

前に行った時から、ビジターセンターのことは知っていたのですが、行ったのは初めてでした。
折石も、100年前の津波で先が折れたことからこの名が付いたそうです。
去年の夏に比べると、地震や津波の記憶をとどめるものが、だんだんなくなってきています。
でも、被災した方々の生活はなかなか元には戻らないし、記憶は消えません。
災害をなくすことはできませんが、被害を最小限にとどめることや、被災してしまった人を支える仕組みは、作っていかなければいけませんね。
駆け足でしたが、唐桑の行きたいところに行けてよかったです。


lucesさん

壊れた建物やがれきの山は減りましたが、まだまだ処理には時間がかかるとか。
そして、被災された方の生活は、これからどうなるのか。
高台移転の話もはじまったばかりですし、そもそも高齢化の進んでいる土地柄だけに、住宅の再建自体順調にいくかはわかりません。
それぞれができることは、あまりに小さいかもしれませんが・・・
被災した人も、していない人も、ともに歩んでいける社会でありたいものです。
ヤノミさんの新しい記事、おすすめですよ!
by しろのぽ (2012-09-25 23:02) 

gwan3

ぷにちゃん?、おつかれさまでした。
現地の様子も、ご一行の活動も、興味深く読ませて頂きました~。
by gwan3 (2012-09-26 10:12) 

nicolas

なかなか現地に行ってお手伝い出来ないので、
牡蠣をいっぱい買って食べたいと思います!

それにしても、黒みつずんだ!
ブン( ̄ω ̄= ̄ω ̄)ブン
( ↑ 興奮してます)
by nicolas (2012-09-26 19:01) 

しろのぽ

gwan3さん

唐桑ではもっぱら「ぷに」で通ってます。
ってことは、ヤノミさんの記事も読んでいただけたんですね?
ワタシが書けなかったこと、芸人さん本人だから書けること、ワタシにもたくさん発見のある記事でした。


nicolasさん

津波のあとは海が肥えると言われているらしく、実際に震災後仕込んだ牡蠣が、この冬はもう出荷されるかもしれません。
あと、今なら戻りカツオ、サンマも三陸で水揚げされてます。
こちらもおすすめですよ。
ソフトにすると味がぼやけがちなずんだですが、このソフトは黒みつがしっかりコクを出しててなかなかでしたよー。
by しろのぽ (2012-09-27 22:18) 

響

震災から変わったところ
変わらないところとまだ混在していますが
少しずつ動き出してるようですね。
バイクを借りれるっていいな。
ちゃっかりツーリングしてるしろのぽさんナイスです。

by (2012-09-29 10:40) 

しろのぽ

響さん

海沿いなどは1年前とは色々と変わっていて、驚くほどでした。
地元はクルマ社会で、原付はじめバイクはあまりみかけません。
でも、ツーリングライダーがスタンドを埋め尽くした話も聞きました。
いつかまた、黄色いので行ってみたいな~と思うんですが・・・
現在バッテリーがあがっているという体たらくですorz
by しろのぽ (2012-09-29 22:51) 

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